菊池氏のおこり

 菊池氏は平安時代から室町時代にかけて、24代にわたり肥後(熊本県)や九州で活躍した一族で、今も菊池の人々には深い尊敬を受けています。

菊池氏の起源は、「大宰府の長官藤原隆家(たかいえ)の子孫、則隆(のりたか)が菊池氏の始まりといわれていましたが、最近の研究では、初代則隆は地方の豪族で、11世紀前半に大宰府の長官藤原隆家に仕えた武人であったという説が有力です。

当時の大宰府は朝廷の九州支配のかなめとであり、地方の豪族は子弟をつかえさせ藤原氏に接近することにより、中央貴族の子孫であると名乗ることでその権威を利用し勢力をのばしていったと考えられています。
菊池氏ははじめ、深川の菊の池に館をかまえ、菊池川により海外と交易を行い財をなしたと推測されています。
※参考文献:新菊池文化物語(菊池文化物語編集委員会・菊池市教育委員会編)

現在も「菊の池」は存在しますが、数年前に整備されて現代の公園になってしまいました。「菊の池」という名称は、管理人が通った小学校(菊の池小学校)の名称でもあるため、どこか懐かしさを感じる響きです。

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